空中庭園とは

空中庭園幻想

空中庭園とは

梅田スカイビルを生み出した想像力の源をたどる。

空の庭:空中庭園。なんとミステリアスな言葉だろう。木を植えてあるのか? という質問を何度受けたことだろう。空中庭園に木は生えていない。花も咲いていない。ただ、空があるだけ。強いて言えば、高みに登り、都市を眺める。宇宙を感じ、その中にある「自分」を思う。そんな「庭」だ。風が吹き、雲が流れていく。日の光を浴び、風に髪をなびかせ、空の只中にあることを実感する。「塔」としての建築から生まれた現代の「バビロンの空中庭園」ここで、何を楽しみ、何を感じるか。空中庭園は、単に高層ビルの「展望台」ではない。

世界の塔と地球外建築:空中庭園展望台40階の内周部には、60枚のパネルが掲げられている。「世界の塔と地球外建築」という展示である。秀逸な写真と建築家等によるコメントが記されていて見飽きない。……空中庭園幻想の系譜 世界の塔と空中集落…………空中庭園幻想の明日 1つの可能性としての未来都市と地球外建築……パネルのテーマの一例を挙げてみよう。・ギザのピラミッド(空の幾何学)・バビロンの空中庭園(空の段丘)・ボロブドゥール(空の舞台)・カトマンズのストゥーバ(空の眼)・サグラダ・ファミリア教会(空の華)執筆者は中川武、高橋康也、隈研吾など<書籍参照>である。

【空中庭園幻想の行方】:空中庭園幻想-これは、いつの時代にも、どこにでもあった想像力のひとつの源である。人々は、この源から水をくみ上げては、工夫をこらして空高く建築や集落を造ったのだが、おもしろいことに、さまざまに造れば造るほど、源は豊かな水量を湧き出すのだった。私たちの身体は、皮膚によって、それぞれの個人に分かれている。けれども、意識では、あらゆる人がつながっている。すでに死んだ人々とも、これから生まれてくるだろう人々とも、みんなつながっている。この世には、途方もない大きさの、けれどもひとつしかない意識の連続体なるものがある。この連続体はどんどん大きくなる。そのスピードと大きさは、膨張する宇宙と競争している。空中庭園幻想は、意識の連続体と宇宙とを結ぶ水脈のひとつである。連結超高層建築-この超高層建築が結ばれた建築形式も、空中庭園幻想から生まれたのである。

【空中庭園幻想と連結超高層建築】:地域や時代を超えて空中庭園幻想なるものがあって人々の想像力の源泉になっている。また、建築には様々な形式がある。高いことが優れていることではない。空中庭園は人々の想像力をかき立てる一つの力であるに過ぎない。ただ、もし建築の系譜をたどろうとするとその組み方はさまざまであろうが、わかりやすい流れがある。新梅田シティの空中庭園を持った連結超高層建築は、高さ170メートルあたりで、外に出ることを一つの目標にして建てられた。建物を実現する過程で、空中庭園という言葉が大変重要な働きをして私たち関係者を助けてくれた。それだけに、人々の反応も恐ろしい。樹木があると思ったのに、と人々の期待を裏切ることも多いだろう。空中庭園は、実は、大阪という都市の風景であり、都市の上空を吹く風である。そして、歴史を通して造りつつある、一つの想像の中の庭なのである。バビロンにあったと伝えられる空中庭園ですら、この想像の中の一つの部分でしかない。いつも、建築は空のために、巧妙な建築は空を引き立てるために造られてきた。大地にかかわると同じように。そして、これまでに建てられ、わずかの部分を残して消えていった全ての建築によって、空中庭園は造られつつある。この庭園は、人々が空を共有しながら生きたひとつの記念である。私たちはそういう意味で空中庭園といっているのであって、この建物だけが空中庭園を持っているという意味ではまったくない。ただ、私たちは空中都市なるものを遠望しながらこの建物を造ってきた。40階にいたるまでのエレベーターエスカレーター、建物を結んでいるブリッジ、屋上の空中庭園の展望台、建物のあちこちにあるテラスなど、やがて出現するであろう未来都市の道具立てになればと考えてきた。つまり、限りなく展開してゆくであろう未来の空中庭園の設計活動の所在を、より明確な形で示したいと願った。※「空中庭園幻想の行方」 監修 原広司 制作 アート・フロント・ギャラリー発行 積水ハウス梅田オペレーション株式会社 より抜粋

パネル展示「世界の塔と地球外建築」は、窓からの夜景を美しい状態でご覧になって頂くため、夕方以降はご覧になれません。また、企画展示等によって、ご覧になれない場合もございますのでご了承くださいませ。

写真:空の庭

写真:世界の塔と地球外建築

写真:パネル展示